バス停で
カカオトークを
インストールした日
壬辰月、傷官運が送ってきた出来事がバス停で待っていた。
15分、80代のお年寄り、そしてカカオトークの再インストール。
天乙·鬼門
暗禄
天乙·鬼門
傷官運は予告なく来る
壬辰月だ。私にとって壬水は傷官にあたる。傷官運には予期せぬ出来事が起きると言われる。そのとおりだった。バス停で確かめることになった。
2026年4月14日、午前9時45分。市外バスに乗るため、バス停に15分早く着いた。余裕があると思っていた。ところが、80代とおぼしきお年寄りが携帯を差し出してこう言った。カカオトークが消えてしまったと。誤って削除したようだと。もう一度入れてほしいと。
少し戸惑ったが、難しいことではないと思った。アプリを入れ直せばいい、と。違った。
15分、関門が四つ
再インストールはただの始まりに過ぎなかった。ログイン画面が出た途端、関門が連なった。IDがわからない。本人認証を進めた。パスワードは数字しか覚えていないとおっしゃった。入力が弾かれた。再設定を押した。認証番号が届いた。画面を見て、番号を確認し、また入力した。ようやく通過した。今度はバックアップだ。元の端末からバックアップを送れというが、その意味がわからないとおっしゃる。説明すること自体が難しかった。15分をまるまる使って、かろうじて終わった。
バスが来た。私が乗るバスだった。お年寄りの反応を確かめる間もなかった。バックアップデータが消えてしまったかもしれない。それがバスのドアが閉まってからも気になった。
桃花
問題はお年寄りではない
考えてみれば当然のことだ。英語のキーボードは見慣れず、記号がどこにあるかもわからず、IDという概念自体が馴染みのない世代だ。問題はお年寄りではない。プラットフォームがこの方を最初から設計に含めていないことだ。カカオは4700万人が使う国民的メッセンジャーを名乗るが、ログイン一つを一人で解決できないお年寄りに、その変化が届いているかどうかはわからない。
対案はある。意志の問題だ
難しくない。住民登録の上の桁で年齢を確認し、60歳以上には簡易認証モードへ自動切替する仕組み。パスワードの代わりに、慣れ親しんだ数字パターンや画像で代替する仕組み。シニア向けデジタルスクールのような直接的な教育も選択肢にある。技術の問題ではない。意志の問題だ。政府も2025年から5年間、367億ウォンを投じて高齢者のデジタルリテラシー向上事業を進めている。公共が動いているなら、国民的プラットフォームも動かなければならない。
誰もが使うプラットフォームなら、誰もが使えなければならない。
壬辰月が見せてくれたもの
命理を学ぶと、運の流れの中に出会いを読むようになる。壬辰月、傷官運。傷官は枠を揺さぶる。当然だと思っていたことに亀裂を入れる。あのお年寄りは正印の気が強い方だった。穏やかで、歩んできた歳月の重みが伝わってきた。そのまま通り過ぎていれば何でもなかった場面を、傷官運は長く考えさせる種に変える。
誰もが老いる。今すばやく適応している人も、いつかはあのお年寄りの場所に立つ。すべての人のための設計は、最も遅い人のペースから始まる。壬辰月はまだ続いている。次はどんな出来事が待っているのだろう。